■ 第41回 ステーキハウス症候群



レジデントノート2018年2月号掲載
大学の教授という立場では,あまり自分の失敗談は話さない方がいいのかもしれませんが,私は学生さんや研修医に自分の恥ずかしい経験を話すことは最も大切と考えています.

ある日,私が当直に行っている市中の二次救急病院に,突然の胸痛を訴える50歳代の患者さんが運ばれてきました.食後に急に胸の痛みを訴え,苦しがっておられるとの触れ込みを循環器科に一報して救急車を収容しました.患者さんは発語もしっかりしておられ,呼吸,循環も異常はなく,バイタルサインも安定していました.しかし,冷や汗をかいて少し不穏もあったので,急いで心電図と胸部X線検査,血液検査を行いましたが,トロポニンや白血球の増加もありません.

トリビアイメージ
どうしたものかと胸のCTを撮ってみますと,食道内腔に大きな腫瘍のような影が写り,改めて病歴聴取をしたところ,夕食は大好物のステーキで,かなり急いで食べたとのことでした.水を飲んでもらっても改善せず,内視鏡で,えいやっと胃に押し込んだら,嘘のようにすっきりと症状が消えて歩いてお帰りになりました.

これには,steakhouse syndromeという立派な名前がついていて,急いで食事をした後,食道に食べものがひっかかった状態のことを言います.米国での俗称で,ステーキをほとんど噛まずに飲み込んで詰まってしまうことからこの名前がついており,胸骨の後ろに疼痛を訴えることがあるため,急性冠症候群と紛らわしいことがあります1,2).実は,胸痛を訴えて救急外来を受診する患者の半分近くは胸壁由来であるとする論文もあります3).救急医は最悪のことを念頭において診療にあたるべきですが,この方の場合は,食事中に急に苦しくなったことにもっと注目すべきでした.私は,鑑別診断をできる限りあげてそれを潰していくという診察方法は救急医向きではなく,病歴聴取や診察をしっかりして,先入観にとらわれるべきではないことをいつも教えていますが,最初から心疾患を疑っていたために余計な検査をしてしまいました.今回のお話は,テレビ番組のしくじり先生ほどではありませんが,少し反省しないといけないと思った経験でした.