■ HPVワクチン「国の意思決定に必要なデータそろう」


- 鈴木貞夫・名市大公衆衛生学教授に聞く◆Vol.2
「積極的な接種勧奨の差し控え」で悲惨な結果に
インタビュー 2018年4月11日 (水)配信聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)
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――なぜ今回のような調査が他の地域で行われず、名古屋市で実施されたのでしょうか。

 恐らく「結果が出るのが怖かった」のではないでしょうか。


「名古屋市のアンケートデータはオープンにしており、誰もが解析可能です。何らかのご意見があれば、ぜひお寄せいただきたい」と鈴木貞夫氏は語る。
――疫学調査の実施に当たっては、一定の仮説を立てると思いますが、先生はどんな結果が出ると想定していたのですか。

 過去の知見から、ワクチン接種の有無で症状の発症率に大きな差は出ないだろうと想定してはいました。ワクチン接種群で症状のある人が積極的に回答すると考えられるなど、バイアスが出る可能性もありましたが、そもそも今回のような研究が行われないこと自体が問題であり、誰かがやらなければいけない調査だと思っていました。今回発表した論文の最後の「acknowledgement」では、河村名古屋市長にお礼を述べています。このような調査は、行政のリーダーシップがないとできないでしょう。

――HPVワクチンに関する疫学的な研究については、そのほか厚生労働科学研究費補助金研究「子宮頸がんワクチンの有効性と安全性の評価に関する疫学研究」(研究代表者:祖父江友孝・大阪大学大学院医学系研究科社会医学講座環境医学教授)があります。

 祖父江班の研究は、病院を受診した患者さんについて、HPVワクチン接種の有無で分析した記述疫学です。したがって、そこから言えるのは、「HPVワクチン非接種の方の中にも、同じような症状を呈する人が一定割合存在する」ということ。意義深いことですが、それ以上のことは言えないため、現在、ケースコントロールスタディを進めていると聞いています。

 病院受診者に、友人を紹介してもらったり、住民票から同世代の方を一定割合抽出したりして、比較対照群を設定するという研究になると思われます。もっとも、このようなケースコントロールスタディの場合、「心配だから病院を受診したワクチン接種者」を多く集めがちです。こうしたバイアスを避けるためにも、診断基準を明確にして、必ず病院受診するような重症例に限定することが必要です。

 一方、われわれの調査では、病院等の受診の有無を問わず、名古屋市在住の一定年齢層の女性を対象としており、比較妥当性としては、優れています。検出力を多少下げても、比較妥当性を担保する、科学的に「頑健な」方法であり、一見、雑な方法に見えますが、もし薬害があるのであれば、この方法でも明確な有意差が出ると考えています。

 名古屋市のアンケートデータはオープンにしており、誰もが解析可能です。何らかのご意見があれば、ぜひお寄せいただきたい。科学のフィールドでのディスカッションは歓迎します。

――厚生労働省は、「積極的な接種勧奨の差し控え」をしています。今回の研究を基に、どう判断すべきだとお考えですか。

 私はポリティカルなことについての専門家ではありません。ただ、国が意思決定に必要なデータは、出揃っていると思います。サイエンティフィックに言えば、個人的な意見ですが、国が今「積極的な接種勧奨の差し控え」をやめないと、将来はミゼラブル(悲惨)なことになると考えています。それは、以下のような理由からです。

 われわれは今回、「ワクチン接種の害」の有無を調べたわけです。一方で、「ワクチン接種をしない場合の害」もあるわけで、両者を評価して比較する必要があります。

 子宮頸がんで毎年約2900人が死亡するということは、自分と同じ生まれ年の方が、一生涯の間に約2900人死亡することに近い。HPVワクチン接種世代は1学年約100万人なので、女性はその半分の約50万人。ワクチン接種で約7割、約2000人の死亡を防げるとします。ワクチン接種をしないことで、「救えるはずなのに、救えなかった」数は、約2000人、約50万人の0.4%に当たります。子宮摘出などの治療を受ける患者さんの数を加えると、ワクチン接種で救える人数はもっと多いわけです。

 一方で、ワクチン接種で激烈な症状が起きるとされているのは、0.1%以下であり、しかもワクチン接種との因果関係が証明されているわけではありません。ワクチン接種による害と接種しないことによる害を考えれば、厚労省が意思決定するためのデータは、出揃っていると思います。

――祖父江班のケースコントロールスタディの結果を待つ必要はない。

 研究には、「眼目」と言えるものがあり、逆に言えば一つの研究で全てが説明できるわけではありません。私の研究、祖父江班の研究には、それぞれメリット、デメリットがあります。しかし、どんなデザインの研究であっても、結果が一致していることが大事であり、結果への信頼性が高まります。もっとも、結果が出るまでに時間がかかるようであれば、約2900人の患者さんが毎年死亡する現実を考えると、待つ必要はないと考えています。

――NIIGATA STUDY(祖父江班の研究の一つ)をはじめ、HPVワクチンの有効性に関する研究成果も出始めているという意味でも、意思決定のデータが揃いつつある。

 年間約2000人救うことと、1万例に1例以下とされる因果関係が不明な症状発症を防ぐことと、どちらがポリティカルに重要かということです。しかも、HPVワクチン接種は強制ではなく、最終的には本人が決めることです。もちろん、HPVワクチンを接種しても、がん検診は必要ですが、子宮頸がんは感染症なので、撲滅も可能です。

――最後に改めてお聞きしたいのですが、2016年6月の最終結果報告は当初予定よりは遅れた上、オッズ比などが記載されていないデータでした。なぜこのような公表の仕方になったのでしょうか。また先生の論文発表が今になった理由は何でしょうか。

 どんな形で調査結果を公表するか、それは名古屋市の判断であり、私が回答する立場にはありません。

 同様に、名古屋市は、私の発表した論文に何らかの意見を言う立場にはなく、現実に私の論文発表については何も言われていません。私の研究論文ですが、発表までに時間がかかったのは、なかなかアクセプトされず、複数のジャーナルに投稿することになったからです。その理由は確認したわけではありませんが、私自身としては、今回明らかになった結果は、海外では当たり前であり、「何のために実施したのか」と思われたことが一因だと考えています。

――ワクチンの安全性については、薬事承認の時点で確認されているはずだと。

 WHO(世界保健機関)でも、(HPVワクチンについて、「積極的な接種勧奨」の差し控えをしている)日本を名指しで批判しています。ワクチン接種と症状発現に関係がないというネガティブデータを出しても、「当たり前」と受け止められたのではないでしょうか。

 もう一つ考えなければいけないのは、被害を訴える女性たちの治療や救済をどうするかです。個人的な考えですが、HPVワクチン接種との因果関係があれば、恐らく何らかの公的補償は出るのでしょうが、今回の場合を含め、サイエンティフィックには因果関係は今のところ確認されていません。仮に「因果関係あり」と司法の場で判断されたら、それはサイエンス軽視であり、われわれとしては容認できません。医療事故に無過失補償があるように、そうした方々を救済するための仕組みを作ることは考えてもいいのかもしれません。