■ HPVワクチン接種、「多様な症状」発症との関連なし

- 鈴木貞夫・名市大公衆衛生学教授に聞く◆Vol.1
名古屋市の7万人調査結果、Papillomavirus Research誌に掲載
インタビュー 2018年4月4日 (水)配信聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)
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 「No Association between HPV Vaccine and Reported Post-Vaccination Symptoms in Japanese Young Women: Results of the Nagoya Study」というタイトルの論文が2月23日、Papillomavirus Research誌に掲載された。研究代表者は、名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授の鈴木貞夫氏。
 HPVワクチンは2013年4月に予防接種法に基づき定期接種化されたものの、接種後に慢性疼痛や運動障害などの「多様な症状」が報告され、その2カ月後に「積極的な接種勧奨の差し控え」となり、4年以上経過した今もその状態が続いている。「多様な症状」がワクチン接種によるものか否かを疫学的に調査したのが本研究。タイトルにある通り、ワクチン接種後に報告された多様な症状とワクチン接種との間に関連を認めないという結果だった。本研究結果は、名古屋市のホームページに2015年6月に掲載されたが、オッズ比等が除外されたデータにとどまっていた。
 鈴木氏は、「国による意思決定に必要なデータは出揃っている」と語り、「積極的な接種勧奨の差し控えを中止しないと、将来はミゼラブル(悲惨)なことになると考えている」と警鐘を鳴らす(2018年3月19日にインタビュー。計2回の連載)。

――まず研究の概要をお教えください。

 HPVワクチン接種をめぐっては、さまざまな意見が出ています。私の研究についても、「これで全てが明らかになった」と「何の役にも立たない」という両方の意見があります。社会的な影響が大きい問題ですが、サイエンスに携わる立場からご説明します。

 この研究は、2015年8月12日の時点で名古屋市に住民票を持つ、中学3年生から大学3年生相当の年齢の女性(1994年4月2日から2001年4月1日生まれ)、約7万人を対象とした疫学調査です。回答が得られ、集計対象としたのは計2万9846人の回答(回答率43.3%)です。

 名古屋市から調査の依頼を受けた際、(1)HPVワクチン接種の有無と、接種後に現れたとされる症状の有無の両方のデータが得られる調査をする、(2)データはオープンにする、(3)私が論文としてまとめる――という3条件をクリアできれば、お引き受けすると回答しました。(1)をお願いしたのは、HPVワクチンの接種に伴う症状発症のリスク、つまりオッズ比を調べたいと考えたからです。「HPVワクチン接種者についての追跡」あるいは「症状がある方についてのHPVワクチン接種の有無」のみを調べる研究もあり得ますが、これらは記述疫学であり、HPVワクチン接種に伴う症状発症のリスクを計算することはできません。

 なお、調査票を郵送する費用など、調査の実費は名古屋市が負担していますが、本調査についての私の報酬は市から一切出ていません。研究費として受け取ったのは約20万円ですが、論文化する際の英文の校正等の費用として全て使いました。


ホワイトボードを用いて、研究の解説をする鈴木貞夫・名市大公衆衛生学教授。
――HPVワクチン接種に伴うか否かが論点となっている24の症状は、どのようにして選定したのですか。

 24の症状は、名古屋市から依頼があった調査項目です。本調査は、名古屋市が、HPVワクチンの被害を訴える団体等の要請を受けて実施したものであり、調査項目も被害者団体の意見を踏まえたものです。「漢字が分からなかったり、計算ができなかったりすることはありますか」といった質問は、「漢字が分からない」「計算ができない」という二つの項目に分けるといったテクニカルな作業は行いましたが、調査票自体は、市の要請から抜けや漏れがないように作成しました。

 その一方で、エンドポイントは工夫をしました。主たるエンドポイントは、症状発症の有無ですが、「病院を受診したか」「現在も症状があるか」「学校生活、クラブ活動、就職に影響があったか」なども加えています。

――回答率43.3%は、この種の疫学調査にしては高いと思います。

 河村たかし名古屋市長が、調査開始時に記者会見をはじめ、地下鉄車内の電子ニュースやポスター、学校への依頼、イベントの実施、督促状の発送など、市がさまざまな回収率の向上策を実施しました。私たちも、回収率向上のため、本人ではなく、保護者、あるいは保護者が本人と相談しながら回答できるようにするなど、調査票を工夫しています。

 回収率向上に加えて、「比較妥当性」を担保することが、本調査のバイアスを防ぐための重要なポイントでした。

――「比較妥当性を担保する」とは、どのような意味でしょうか。

 本調査は、HPVワクチン接種と24の症状発症との関連の有無を調べるのが目的です。例えば、「接種した後に、どうでしたか」などと尋ねると、接種との関係が「誘導」される可能性があります。「比較妥当性の担保」とは、こうしたバイアスを避け、接種者か否かで差を付けないという意味です。

――調査の結果、一番のエンドポイントである24の症状の発症率が接種者で有意に高いという関連は認められませんでした。

 オッズ比を算出する前から、各症状の発症率を見れば、強い関連がないのは明らかでした。発症率が最も高かったのは、「月経不順」でワクチン接種群26.5%、非接種群25.6%。一方、最も低いのは、「杖や車椅子が必要になった」で接種群0.2%、非接種群0.2%。

 つまり、24症状のそれぞれの発症率は、接種群内、あるいは非接種群内で大きな差がある一方、各症状については、接種群と非接種群の発症率にはほとんど差が見られませんでした。接種群で発症率が高い症状は非接種群でも高く、接種群で発症率が低い症状は非接種群でも低いという結果でした。

 「症状の発症」というエンドポイントで見た場合、ワクチン接種群のオッズ比で最も高かったのは、「身体が自分の意思に反して動く」で1.20。ワクチン接種群の方が高かったのは、24症状のうち5症状であったものの、有意に高いものは一つもないという結果でした。

 今回の調査では、それ以外にも「病院を受診」というエンドポイントを設定しています。この場合のオッズ比はやや高くなりますが、それでも「月経量の異常」の1.43、「月経不順・月経量の異常」の1.29、「頭が痛い」の1.19の3項目が有意であったのみでした。

 「病院の受診」のオッズ比は、接種群の方が全体的に高い結果でした。想定される理由の一つは、「ワクチン接種した人の方が、症状が重い」です。もう一つは、「ワクチン接種者は、『ワクチン接種と関係があるかもしれない』と考えて受診しがち」であること。しかし、症状が重い傾向があるなら、症状発症率も高くなり、現在の症状も多く残っていると考えられますが、そのような差はありません。したがって、論文では、後者の影響が大きいと考えられると考察しています。

――調査の中間結果は2015年12月に公表されました。最終結果は、2016年3月頃に公表予定でしたが、同年6月と遅れました。中間結果および最終結果にはどんな反響、意見があったのでしょうか。

 疫学調査では、年齢調整して結果をまとめるのは当然のこと。年齢という交絡を含んだ粗データを出しても、何の意味もありませんが、名古屋市からは、「粗データを出し、交絡の事実を示した後に年齢調整したデータを出すべき」と言われ、粗データと年齢調整したデータの両方を出しました。その結果、ネット上で「都合のいいように結果が曲げられている」といった非科学的な指摘がありました。

 HPVワクチンの非接種者、つまり「コントロール群の質が悪いのではないか」という質問もありました。2013年6月に、厚生労働省が「積極的な接種勧奨の差し控え」をする以前、接種対象と想定される年齢の約8割が接種していたので、残る約2割は「接種できない状態にあり、もともと体が弱いのでは」との指摘です。

 例えば、米国において高齢者へのインフルエンザワクチンの効果を調査する場合、接種ができるか否かは、所得の相違、それに伴う医療へのアクセスや健康状態などによって大きな相違があると考えられます。しかし、今回の調査対象は、名古屋市に住民票を持つ中学3年生から大学3年生相当の年齢の女性です。今の日本において、ワクチン接種の有無で母集団の将来の健康状態に大きな相違が出るとは考えにくいのではないでしょうか。

 「健康状態を質問して、補正すればよかったのではないか」という指摘もあります。しかし、調査票の回収率を上げることが重要だったため、24の症状発症の有無とワクチン接種歴のほか、交絡因子と想定された年齢と記入者は聞いていますが、それ以外の余計な質問は入れていません。「体重も聞けばよかったのでは」という意見もありましたが、思春期の女性を対象とした調査で、体重を聞いたら、回答率は落ちるのは明らかでしょう。

 仮に、ワクチンを接種していない2割の人の健康状態が悪いということがあったとしても、今回の調査は、24の症状の発症の増加はありませんでした。本調査は、RCTではないので、接種群と非接種群の条件が完全に同一ではありません。しかし、条件の多少の違いによりマスクされてしまうような弱いリスクを「薬害」と定義できるのでしょうか。

 病状の重篤度を考慮していない点も指摘されました。「よくある軽度な症状が、重度になる薬害」のみが想定されているのであれば、この批判は受けますが、そうした仮説があるわけではありません。「なかった症状」が新たに現れるのが薬害だと思うので、薬害が生じれば、軽度も重度も、両方の症状が増えて全体としての発症率が上昇するはずです。

 そのほか、「なぜHPVワクチン非接種者についても、調査したのか」といった指摘もありました。もっと国民の科学リテラシーを上げる必要性を痛感しました。