■ 子宮頸がん 接種めぐる議論なお





武田耕太

2018年2月15日06時00分




 子宮頸(けい)がんの原因ウイルスの感染を防ぐ「ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン」の接種について、厚生労働省が積極的な勧奨を中止してから、6月で5年になる。接種の有効性を示す報告がある一方で、接種後に長引く痛みなど様々な症状を訴える例が相次いだ。どちらを重くみるべきか、意見は今も分かれている。

「予防はワクチンと検診の両輪で」川名敬氏に聞く
「有害事象の多さ、見過ごせない」別府宏圀氏に聞く
「因果関係、否定も証明もされず」佐々木征行氏に聞く
「HPV政策、国民に見える議論を」森臨太郎氏に聞く

ウイルス感染減少 示す研究報告

 日本産科婦人科学会(日産婦)が主催した公開講座が3日、東京都内で開かれた。産婦人科医や公衆衛生の研究者らが、HPVワクチンの有効性に関して相次いで発表した。

 公開講座では、英スコットランドの接種率が9割に及び、20代女性ではHPVへの感染率は4・5%と、接種していない集団の感染率30%に比べて大幅に低下した、との研究が示された。接種率が高くなると、集団で感染の広がりを抑える効果もある、と指摘された。国内の複数の研究でも、やはり感染などを減らせていると報告された。

 子宮頸がんは性交渉によってHPVに感染することで起きる。国内で年間約1万人がかかり、約2700人が死亡する。30代後半〜40代で多く発症するが、最近は若い女性で増える傾向にある。検診で早期発見できれば切除できるが、その後の妊娠で早産のリスクが上がるとの指摘もある。

 子宮頸がん患者の9割からHPVが検出されることから、ワクチンは感染を防いで患者を減らすねらいがある。国内で使われている二つのワクチンは、100種類以上あるHPVのうち、がんの原因の5〜7割を占める二つのタイプ(16型、18型)のウイルス感染を防ぐ。

 一方で、ウイルスは感染しても、多くは数年以内に自然に検出されなくなる。持続的に感染し、がんになる前段階の状態(前がん病変)になるのは数%ほどとされる。ワクチン接種が始まって間もないこともあり、がんそのものの発症を減らす効果は、まだ確かではない。だが、豪州などの研究ではワクチン接種で前がん病変を5割減らせた、との報告がある。

 日本大の川名敬主任教授(産婦人科学)は「前がん病変を減らせるなら、その先のがん発症も減らせると考えられる。HPVは成人女性のほとんどが感染する。誰でも子宮頸がんのリスクがある」とワクチンの意義を強調する。

 昨年12月、フィンランドの研究チームは14〜19歳の約2万7千人を7年間追跡した速報結果を、専門誌で公表した。子宮頸がんを発症する頻度は、ワクチンを接種しなかった集団は10万人あたり1年間で6・4人だったのに対し、接種した集団は0人だった。

 日産婦は昨年12月、厚労省に対して改めて勧奨の再開を求めた。世界保健機関(WHO)もワクチン接種を推奨し、WHOの諮問委員会は日本の現状を「弱い証拠に基づいた政策決定」と批判している。

多様な副反応「明らかにリスク」

 HPVワクチンは2013年4月、小学6年〜高校1年の女子を対象に原則無料の定期接種となり、厚労省は接種を勧奨し始めた。だが、接種後に健康被害を訴える人が相次ぎ、2カ月後に定期接種にしたまま、勧奨を中止。希望者は無料で接種できるが、接種する人は激減した。

 13年6月の厚労省部会で示された資料によると、HPVワクチンの副反応の頻度(発売後〜13年3月末)は他のワクチンよりも高い。接種との因果関係の有無にかかわらず接種後に報告される重篤な副反応の発生数は、二つのHPVワクチンはそれぞれ100万回あたり43・4件と33・2件。これに対し、比較的近い時期に発売されたインフルエンザ菌b型(ヒブ)ワクチンは22・4件、小児用肺炎球菌ワクチン27・5件だった。

 薬害オンブズパースン会議副代表の別府宏圀医師は「HPVワクチンは異常に高い抗体価を長期間にわたり維持するように設計されており、このため複雑な自己免疫反応を引き起こしている可能性がある」と話す。痛みのほかにも、月経異常や記憶力、注意力の低下など多様な症状があるとし、「ほかのワクチンとは明らかに異なり、リスクが大きい。原因がはっきりしない以上、被害者の声に真剣に耳を傾け、勧奨の再開はすべきではない」と言う。

 一方、国立精神・神経医療研究センター病院の佐々木征行小児神経診療部長は「いまのところ副反応とワクチンの因果関係は否定も、証明もされていない」と話す。これまで、接種後に症状を訴えた50人近くを診察。筋肉の組織の検査や、様々な治療を試したが、ワクチンとの関連ははっきりしなかったという。

 厚労省研究班は16年12月、接種後に報告された副反応の症状は「ワクチン接種歴がない子どもにも一定数存在した」とする疫学調査結果を公表。一方で「接種と症状の因果関係には言及できない」と明確な結論は出せなかった。

 佐々木さんは「どのワクチンにも有効性と副反応がある。定期接種のワクチンは『小さいけれどもリスクはある』ということを承知のうえでうけてもらう形になっているが、HPVワクチンは現時点ではそのような共通認識は得られていない」と話す。

「知見突き詰めても不確実性ある」

 厚労省は今年1月、HPVワクチンのリーフレットを改訂した。その中で、HPVワクチンを10万人に接種すれば、595〜859人の子宮頸がんの罹患(りかん)、144〜209人の死亡の回避が期待できると推計した。一方、副反応の疑いがあったとの昨年8月末までの報告は、10万人あたり92・1人、重篤なケースは52・5人に上ったとした。

 厚労省はこの間、接種後に症状を訴えた人に対する診療体制を全国に整備。「治療の受け皿ができた」として、勧奨の再開を求める声もある一方、「HPVワクチンは個人のがん予防の色合いが強く、集団防衛的なワクチンと異なる」などとして「(原則有料で個人の希望でうける)任意接種でいいのではないか」との声も出ている。

 森臨太郎・国立成育医療研究センター研究所政策科学研究部長は「どんなに科学的知見を突き詰めても、必ず不確実性が存在する。研究者や医療者はそれを丁寧に説明し、政策的な意思決定の際は、国民からより見えやすい場所で議論される必要がある。国会に調査委員会をつくって話し合う選択肢もあっていい」と話す。(武田耕太)

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 厚生労働省は、HPVワクチンなどの相談窓口(03・5276・9337)を設置している。午前9時〜午後5時(土日祝日、年末年始を除く)。公式サイト(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/別ウインドウで開きます)には、リーフレットや全国の協力医療機関や相談窓口の情報などが載っている。