■ 鼓膜切開を考慮」指針、

鼓膜切開を考慮」指針、本当の意味【時流◆急性中耳炎診療を考える】
GL作成委員・工藤典代氏へのインタビュー−Vol. 1

時流2018年12月4日 (火)配信 一般内科疾患小児科疾患一般外科疾患耳鼻咽喉科疾患救急
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 未就学児の60-70%が一度は経験するという急性中耳炎。耳の痛みをうまく訴えられない0-3歳児に特に多いため、保護者は小児科や夜間救急、耳鼻咽喉科の間を行ったり来たりすることも少なくない。2018年5月に改訂された「小児急性中耳炎診療ガイドライン2018年度版」では、耳鼻咽喉科医以外の急性中耳炎を診療する医師も参考にできる、エビデンスに基づく推奨が盛り込まれた。また、初版から一貫して示されている、抗菌薬適正使用〔薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン〕の観点からの各種推奨も強化されている。初版からガイドライン(GL)作成に関わるアリス耳鼻咽喉科(千葉市)院長の工藤典代氏に、GLを踏まえた急性中耳炎診療のポイントを解説してもらった。第1回は、改訂GLに示された「鼓膜切開が可能な環境では実施を考慮する」との新たな推奨などについて。必ずしも「鼓膜切開を実施しなくてよい」というわけではないとのことだ。(m3.com編集部・坂口 恵)

【小児急性中耳炎診療GL2018年版のハイライト】
(1)「鼓膜切開」の推奨に関する記載を「鼓膜切開が可能な環境では実施を考慮する」に変更
(2)重症度分類は2013年版のスコアリングを継承
(3)2013年版に続き、「急性中耳炎への抗菌薬はペニシリン系薬のアモキシシリン(AMPC)を第一選択に推奨」「軽症例に限って3日間は抗菌薬の投与を行わず、自然経過を観察することを推奨」「中等症および重症例の初回治療時に(抗菌薬を)5日間投与するが、3-4日目に病態の推移を観察すべき」との抗菌薬に関する推奨を記載
(4)「急性中耳炎の鎮痛に抗菌薬は有効か」の推奨を「鎮痛を主目的とする抗菌薬治療を行わない」に強化
(5)「抗ヒスタミン薬は急性中耳炎に有効ではないため、投与すべきではない」との推奨を追加
急性中耳炎GL普及で新たな課題
――工藤先生は急性中耳炎診療GLの初版から作成に関わっているとのことですが、GL発行・改訂の背景と内容の変遷を教えていただけますか。

 以前、私は千葉こども病院に勤務しており、小児科の先生方から子どもの急性中耳炎を紹介いただく機会が多くありました。中耳炎は0-2歳の小児に多く起こるのですが、この年齢層の乳幼児の多くは小児科を受診します。つまり、小児科の先生が最初に中耳炎に遭遇することが多いと言えます。そのため、中耳炎の診療には耳鼻咽喉科医だけでなく、小児科や救急の先生も欠かせない存在と考えてきました。

 2003年に初版(2006年版)のGL作成委員会が初めて開かれました。当時、国際的には小児科や一般医向けの急性中耳炎GLが公表されていました。しかし、日本は、急性中耳炎は主として耳鼻咽喉科医が診ています。そのため、2006年、2009年、2013年版のガイドラインは耳鼻咽喉科医を主な対象としていました。

 一方、2013年版から今回の2018年版の改訂までに耳鼻咽喉科医の間でも「急性中耳炎は小児科医の先生も多く遭遇する疾患」との認識の高まりや、小児科や救急科でも拡大耳鏡で鼓膜を診る先生が増えてくるなど、急性中耳炎を取り巻く診療環境が大きく変わってきました。ありがたいことに、それに伴い、GLを参考にしてくださる先生も増えたのです。そうした経緯から、「鼓膜切開をした上で抗菌薬を投与する」という推奨の立て付けが実臨床に合わないとのご意見をいただくようになりました。具体的には、重症例が小児科や救急を受診した場合に「鼓膜切開」が初期治療となっているために、「GLに沿った治療が困難」という内容です。確かに、救急で夜中に鼓膜切開のために耳鼻咽喉科医を呼ぶことは困難です。また、耳鼻咽喉科医が夜間に1人で当直している時に頭を押さえるスタッフがいないのに鼓膜切開は不可能です。そういう場合には「鼓膜切開よりも、まず熱や痛みなどの症状を抑える薬を使い、経過観察をしましょう」という推奨が、今回の改訂に反映されました。

鼓膜切開は抗菌薬適正使用にもつながる
――そういう背景で、最新の2018年版では中等症以上の急性中耳炎に対し、「鼓膜切開が可能な環境では実施を考慮する」と記載が変更されたのですね。「鼓膜切開に関する推奨を緩和した」とも解釈されそうですが、鼓膜切開の現在のエビデンスや位置付けを教えていただけますか。

 急性中耳炎で鼓膜を切開すると、症状が早期に改善することが明らかになっています。切開は膿瘍治療の基本で、たまった膿を排出すれば痛みや腫れが速やかに改善しますし、局所の菌量も減らせます。海外のランダム化比較試験(RCT)では、鼓膜切開だけを行った群の、アモキシシリン単独群またはアモキシシリン+鼓膜切開併用群に対する、治療成績の有意な改善が示されず、「ルーチンな鼓膜切開を行うべきでない」と結論付けている報告もあります(Pediatrics 1991; 87: 466-474)。

 ただ、こういった試験では、発症から3週間程度の時点の鼓膜所見の改善をエンドポイントとしているのです。中耳炎を起こしやすい人は、早めに鼓膜切開をして3週間くらいたっても多少は膿や鼓膜の発赤が残ってしまうため、このくらいの時期に抗菌薬の治療群と比べた場合に統計学上の有意差がつかないという背景があります。一方、耳の痛みのスコアや発熱、鼓膜の発赤・腫れなどは鼓膜切開により有意に改善するというエビデンスは確立しています。つまり、中等症以上の急性中耳炎に対する鼓膜切開には、早期の症状改善の意義があると言えます。GLでは、抗菌薬適正使用の観点からの「鼓膜切開は抗菌薬の投与期間や量を減らすことができる治療として、また適切な抗菌薬選択を促進する原因菌の同定手段としての役割が期待される」ことを強調しています。

全ての保護者に鼓膜所見を供覧
――鼓膜切開というと、一般には「薬で症状を抑えられない場合の、最後の手段」と捉えられていそうにも思いますが、先生の日常診療でお子さんや保護者の方への説明などで工夫されていることはありますか。

 急性中耳炎は、自分の症状を上手く言葉で伝えられない2歳以下の小児に多い疾患なので、医師が鼓膜所見を診て「中耳炎起こしていますよ」と保護者に説明しても、信じてもらえないことも少なくないのです。私は、急性中耳炎と診断された子どもの保護者に鼓膜画像をモニターで一緒に見ていただくようにしています。診察机の上には、正常から重症までの鼓膜所見の写真チャートを置いて、実際にお子さんの鼓膜所見の画像写真を見せて「これは正常ですね」「これはかなり腫れていて耳が痛い状態です。鼓膜切開を勧めます」などと説明します。実際に腫れている鼓膜を見せて、「鼓膜の内側に膿がたまっていますよ」と説明し、治療後に「これが治った後です。これが正常な鼓膜です」と見てもらっています。そうすると、最初は「鼓膜切開は結構です」と拒否していた保護者でも、「今日はこんなに鼓膜が腫れているのなら、切開して膿を出してもらった方がよいですね」などと言うようになる方もいます。

――子どもの鼓膜の状態が分かるようになるのはすごいですね。

 鼓膜所見を全ての患者や家族に見せているところはかなり少ないと思うのですが、最初は「鼓膜切開はいりません」と言われる親御さんもいます。そうした場合には、急性中耳炎に関する説明書を渡して、抗菌薬と解熱鎮痛薬を処方します。そして「3、4日後にまた診せてください。良くなっていない場合は膿を出した方がよいと思います」と伝えます。それによって「薬で良くならなかったら、鼓膜切開が必要なのだな」と理解をしてもらえることが多いのです。

 実際に鼓膜切開を行うと、ほとんどの場合、耳の痛みや熱がすっと改善します。初診時は子どもも不機嫌で寝不足ですし、お母さんもくたびれた様子のことが多いのですが、再診の際には「切開した日はよく寝ました。子どもの機嫌も良くなりました! 中耳炎が原因だったのですね」と、お母さんもにこにこしていらっしゃいます(笑)。

――臨床試験の場合、治癒までの期間や鼓膜所見といった、医学的・客観的な指標が重視されますが、「すぐに症状が取れて、夜よく眠れる」というのは、当事者にとってかなりインパクトが大きいですよね。

 そうです。中耳炎でそうした観点の研究はあまり多くないのですが、2011年に和歌山県立医科大学の山中昇先生たちと、急性中耳炎の患児と家族のQOLに対する影響を調査しています。やはり、急性中耳炎の鼓膜切開前には子どもの夜泣きや夜間に寝ないといったことで、子どもと家族のQOLが悪化するとの結果が得られています(日本耳鼻咽喉科学会会報2011; 423: 4)。