■ 「咳喘息」という病気は本当にあるのか




寄稿◎徳田均(JCHO東京山手メディカルセンター)


2019/09/26





嚮ト吸器

咳嗽
咳喘息

譜刷












 私自身は、実臨床の場において咳喘息という疾患の存在を想定する必要はないと考えている。長引く非感染性の咳の大部分はICS単剤(時に短期間の内服ステロイド)でおさまり、ICSの処方は、咳がおさまった時点で終了すればよく、長々と吸入させる必要はない。これは、長引く咳嗽患者を長年診療してきた経験に基づくものであるが、また欧米の最新の考え方とも合致している。以下説明したい。






とくだ ひとし氏○1973年東京大学卒。癌研究会付属病院(現、がん研有明病院)、結核予防会結核研究所付属病院(現、複十字病院)などを経て、1991年より社会保険中央総合病院(現、JCHO東京山手メディカルセンター)呼吸器内科部長。現在も非常勤ながら臨床の最前線に立ち続けている。

 診療の場で長引く咳の患者を診ることは多い。しかしそのような患者の多くを占める非感染性の咳に対して、日本呼吸器学会(JRS)の『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン 2019』(以下、J-GL)が示している対処方法は、第2版よりはすっきりしたとはいえ、分かりにくさが残り、現場では混乱が続いている。

 その1例ともいえるのが、先日、日経メディカル Onlineに掲載されたコラムである(関連記事:咳嗽診療、どこから「本気」を出す?)。咳喘息に処方すべき治療薬として、吸入ステロイド(ICS)(+LABA)を挙げているが、これはJ-GLの記述とは異なる。J-GLでは基本的には第一選択はICS単剤であり、制御困難な場合にのみICS/LABA合剤を考慮すべきとなっている。しかし、これは、この筆者の誤りとばかりもいえない。第2版のガイドライン、今回のガイドラインとも、本文や表の至るところに、合剤を積極的に用いるようにと受け取れる表現があるからである。

 咳嗽患者の典型例を挙げよう。3週間以上続く咳を訴えて30歳代の女性が受診した。はっきりとしたきっかけもなく始まり、おさまらない。痰はない(もしくは、無色の痰)。日常の会話や電話など、あるいは冷房の風や食事の湯気などで誘発される。仕事にも支障が出ており何とか治してほしい。アレルギー歴やアトピー歴はない。

 このような患者は、感染さえ否定できれば、筆者としてはICS単剤の処方で対応したいところである。しかしJ-GLはここで強調する。咳喘息(cough variant asthma;CVA)という厄介な病気かもしれない。そうかどうかを見極める唯一の手段は、気管支拡張薬を処方して効くかどうかを見ること。効くようなら咳喘息で、そうでなければアトピー咳嗽。治療はどちらもまずはICSだが、必ず両者の鑑別をしておく必要がある、と。

 ここで疑問だ。なぜそんな面倒なことをしなくてはならないのだろうか?

 J-GLの答えは、咳喘息は低からぬ確率で喘息に移行する病気なので、ぜひ診断しておくべきだというもの。さらに、咳喘息の場合は、ICSを1年間は続ける必要があるとする。

 そうはいっても実臨床で、かつ、症状が改善した喘息でもない患者を、残り11カ月も通院させ、ICSを吸入し続けさせろと言われても、患者を納得させることはできないだろう。多分、間違いなく途中で通院しなくなる。しかも、欧米のガイドラインにはこのような鑑別が重要だとの議論はない。この問題を検討しよう。

 そもそも咳喘息を診断することが重要であるとする根拠として、J-GLでは咳喘息は放置すると低からぬ率で喘息に移行する、すなわち治療が全く異なる点を理由としている。しかし筆者の個人的経験からいえば、ICSで長引く咳がおさまった患者で、咳が再発する人は1〜2割程度で、その場合もICSを再度使えば問題なく治癒する。喘息に移行した患者は1人もいない(私の治療で治った患者は、もし再発した場合もまた私のところを受診するだろうと仮定することは許されるだろう)。

 J-GLで喘息に移行するとの根拠として引用されている報告は前向き研究2つ、後ろ向きが1つであるが、いずれも日本のものである(欧米のものは1つもない)。また、いずれの研究も症例数が極度に少なく(n=28、42、55)、かつ、喘息に移行したとするその根拠が、1篇を除いて説得力に欠ける。さらにいずれの研究も、ICSを併用した群では移行が少なかったという。それなら最初からICSを投与すれば、それで済む話ではないだろうか?

 以上をまとめると、咳喘息は喘息に移行するから患者に負担をかけてでもきちんと診断しようという主張は科学的根拠が十分とはいえず、かつ欧米では全く行われていない、我が国だけのローカルな考え方である。また咳がおさまった後、1年近くもICSを継続することの根拠は示されていない。こんな弱い根拠で患者に負担を強いることは、実臨床を担う者としてなかなか受け入れ難い。

咳喘息という病気は本当にあるのだろうか?


 そもそも、誰もが抱く疑問ではないかと思うが、この “咳喘息”と言う病気は本当にあるのだろうか?

 その疾患に特異的な症状、検査所見、病態はないとされる。唯一、気管支拡張薬やメサコリンの負荷試験(後者はもちろん一部の大学病院でのみ可能)での反応を見て決めるという。他の医学領域で、こんな不思議な決め方(非特異的な負荷試験だけで診断)をする疾患はない。

咳喘息という病名の濫発によって何が起こるか?


 咳喘息という病名は今、世の中で濫発されている様子だが、これが患者の将来にどんな影響があるかも考えてみよう。

 まず、咳喘息は喘息の早期像であり、喘息の一部であるとの認識はJ-GLに書かれており、欧米でもそう記述されてきた。すなわち一度、診断されると、以後、「喘息の既往あり」として扱われるということである。

 そうなると、3つの問題が浮上する。

 その1、強い疼痛(腰痛、尿管結石など)で医師を受診しても非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)は処方してもらえない。その2、CTやMRIの造影検査が必要な場合でも、造影剤を使ってもらえず、不完全な検査しか受けられない。その3、新たに生命保険に加入するとき、喘息の既往があると条件が不利になり、掛け金が高額となる。

 これほどの不利益を患者に強いることを、咳喘息という診断を発する医師は認識しているのだろうか。しかも、次回、詳述するが咳喘息という診断名が欧米では消えようとしている。


では実臨床の場でどうするか?


 最後に、冒頭のような患者に対して何をなすべきだろうか?私見を述べることをお許しいただきたい。

 私は患者に、前の晩、咳で眠れなかったかどうかを尋ねている。眠れなかったという患者には、プレゾニドロン30mgを1週間、それに重ねてICS単剤を2〜3週間吸入させる。前の晩、眠れたという患者にはICS単剤を処方し、用量はやや多めとしている。咳で日常生活に支障が出て困っている人が多いので、加えて、鎮咳薬や時にリン酸コデインを頓用(空腹時服用の方が明らかに効果が高い)とし、3〜4時間の鎮咳効果であることを説明して処方している。



【患者への説明内容】

 炎症で気管支が過敏になっているようです。それを鎮めるために喘息患者に使われている吸入ステロイドを処方します。あなたの病状なら○○日間くらいで咳はおさまると思います。おさまったら、すぐに吸入薬を中止するのではなく、数日間は続けた方がよいでしょう。病名は喘息ではありません、アレルギー性気管支炎でしょう。(なおアレルギー性気管支炎はICD-11に載っている。)