■ 腹部片頭痛


 小児に多いとされる腹部片頭痛だが、実は年齢の規定はなく、成人にも見られることがある。今回は頭痛外来での指導医(柴田)と研修医(石山すみれ、イラストも)との対話を通して、腹部片頭痛の病態について解説する。





症例:40歳代の女性。小児期に腹痛をしばしば発症していたが、頭痛はなかった。20歳代から吐き気を伴う拍動性頭痛が見られるようになった。前兆はないが、嘔吐することもあり、頭痛の家族歴もある。神経学的に異常はなく、MRIなどでも異常は認められず、市販の鎮痛薬を内服していた。頭痛の前後、腹部正中に数時間の腹痛を伴うことが多く、頭痛のみや腹痛のみのこともあった。消化器や婦人科疾患の既往はなく、腹部手術歴もない。トリプタンは頭痛には有用で、腹痛には非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)が有効であった。




すみれ 40歳代の女性患者さんが初診で受診されました。頭痛は20歳代からで、吐き気、嘔吐があります。家族歴もあり、トリプタンが有効なため片頭痛だと思われます。また、小児期から腹痛があり、腹痛にはNSAIDsが有効とのことです。

柴田 片頭痛では吐き気や嘔吐もあり、それに伴う腹痛を認めることもあるけれど、実は頭痛発作がなくても腹痛を呈するケースは多い。「腹部片頭痛」という病名は知っているかな?

すみれ 腹痛なのに、片頭痛という病名が付いている病態ですね。

柴田 そうなんだ。小児に多い腹痛だけど、年齢の規定はない。腹部正中部の鈍痛で、悪心、吐き気を伴う。器質的疾患によらない機能的な腹痛だね。のちに片頭痛を発症することが多いとされているけれど、頭痛は診断基準には入っていない。頭痛がないのに腹部片頭痛というのは、片頭痛と同様に、中枢神経の異常による病態と考えられているからだね。典型的には女児に多く、成人になると腹痛の頻度は減って、片頭痛になるとされている。しかし曖昧な診断基準には批判もある1)。

すみれ 腹部片頭痛の原因、病態は何なのでしょうか?

柴田 機能的な腹痛なので、過敏性腸症候群、機能性ディスペプシア、周期性嘔吐症と関連しているとも言われている。これらは症状から診断するので、検査異常はほとんど見られない。当然、腹部や中枢神経の器質的疾患の否定は必要だ。片頭痛とは有意に関連するけれど、緊張型頭痛とは無関係というデータもある2)。周期性嘔吐症の機能的MRIの研究では、片頭痛と同様に、吐き気や疼痛に関与する大脳皮質の機能障害が報告されている3)。また、片頭痛と同様に誘発電位での異常も報告されている4)。これらは脳の機能的異常が腹痛の原因となっていることを示唆するね。片頭痛の予防薬が腹部片頭痛による腹痛の予防にも有効とか、トリプタンが腹部片頭痛による腹痛の治療に有効との報告もある。

 片頭痛の予防薬として、欧米では抗カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)抗体が発売されており、日本でも発売準備中だ。片頭痛におけるCGRPは神経原性炎症を起こすけど、CGRPは消化管にも分布している。消化管におけるCGRPの異常が機能障害や炎症を起こしている可能性があると言われている。抗CGRP抗体は片頭痛の予防薬として開発されてきたけれど、機能性の消化器疾患に有効かもしれないね。実際に抗CGRP抗体の市販後調査では便秘の副作用が多く報告されている。

すみれ 腹痛の患者さんで、片頭痛が原因とは、普通は考えないですよね。

柴田 片頭痛に関連する周期性症候群としては、周期性嘔吐症、腹部片頭痛、良性発作性めまい、良性発作性斜頸が国際頭痛分類に定義されていて、どれも小児に多い。ただ、小児で腹痛や嘔吐があれば、普通は胃腸炎と考える。欧米では周期性症候群が多少認知されていて、頻度も低くない。一方、日本ではまれなのは、この疾患が知られていないことが原因かもしれない。成人の片頭痛を診断する際にも、小児期に周期的な嘔吐や腹痛がなかったかを問診することも有用だろうね。

すみれ めまいや斜頸も、発作性の場合は片頭痛と関連するのですね。

柴田 良性発作性めまいは4歳以下に多くて、発症時間は5分以内が多い。ただ、幼児では自覚症状として、めまいをうまく訴えられない。急にしがみついたり、恐怖を訴えたりする病歴を確認するようにしよう。めまいを伴う片頭痛として、前庭性片頭痛があるけれど、これは5分以上のめまいで、頭痛を伴う。良性発作性めまいは5分以内で、頭痛はないことで鑑別できる。良性発作性めまいの多くは予後良好で、めまいは幼児期に消失するとされているけれど、長期に追跡したデータでは、めまいが消失しない症例も少なくなく、必ずしも良性とは言えないようだね5)。のちに片頭痛を発症し、片頭痛の家族歴も多い。成人になって発症する片頭痛が前庭性片頭痛かどうかは明らかにされていない。めまいでは耳鼻科的疾患の否定も必要だし、特に小児では起立性低血圧や貧血との鑑別も必要だね。

 良性発作性斜頸は乳児で発症し、4歳までには消失するとされているので、通常、治療は必要ない。ただ、成長後に片頭痛や他の周期性症候群に移行することが報告されている。家族性片麻痺性片頭痛では遺伝子の異常が同定されているけれど、良性発作性めまいや良性発作性斜頸でも同じ遺伝子の異常症例が報告されている6、7)。遺伝の関与が示唆されるね。


今回の頭痛研修道場の教訓
1. 腹部片頭痛は機能的な腹痛で、のちに片頭痛を発症することが多い
2. 機能的腹痛には過敏性腸症候群、機能性ディスペプシア、周期性嘔吐症があり、片頭痛とも関連する
3. 片頭痛に関連する周期性症候群としては、周期性嘔吐症、腹部片頭痛、良性発作性めまい、良性発作性斜頸があり、小児に多い