■ 「片頭痛こそ漢方が効く」という医師の裏技


2021/08/11
小板橋律子=日経メディカル
精神・神経
片頭痛
五苓散
呉茱萸湯
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 新たな片頭痛予防薬として抗体医薬への注目が高まっているが、薬価の高さから使用を躊躇する患者は少なくない。そのため、“費用対効果”を最大限に引き出す工夫(関連記事:「効果は高いが高価」な片頭痛薬の上手な使い方)に加え、既存の治療薬の有効性を最大限に引き出す工夫も医療者には求められるだろう。片頭痛治療に頻用される代表的な漢方薬である五苓散と呉茱萸湯の効果を最大限に高める治療法を紹介する。

 日経メディカル Online医師会員を対象にしたウェブアンケートでは、片頭痛診療に携わっている医師の約半数(52.3%)が、片頭痛患者に漢方薬を処方しており、五苓散と呉茱萸湯が最もよく処方されている漢方薬であることも示された(図1)。


図1 片頭痛に処方している漢方薬は? (アンケートの期間は2021年6月28日〜7月4日で総回答者数は7743人。このうち「片頭痛患者を診ていない」と回答した医師を除く、3165人を集計)

 しかし、多くの医師は既存の治療薬では薬物乱用頭痛を生じるリスクがあり、発作予防も十分実施できないと考えていた(関連記事:片頭痛を診る医師の6割が抗体医薬の使用を希望)。ただし、中には「トリプタンの乱用にならないように、寄り添う姿勢を示しながら、漢方薬を予防のベースに対応している(50歳代病院勤務医、総合診療科)」というように、漢方薬を予防療法に活用しているとの声もあった。

急性期治療、予防療法ともに漢方薬を活用するコツ

「漢方薬をうまく使えば片頭痛発作を短時間で抑制できる」と言うみさとファミリークリニックの松田正氏。

 漢方薬の活用で片頭痛をうまくコントロールしている医師は、一体どのように漢方薬を活用しているのだろうか。みさとファミリークリニック(埼玉県三郷市)院長の松田正氏は「五苓散と呉茱萸湯を同時に投与している。これら2剤の併用により、急性期の発作抑制に加え予防効果も得られる」と言う。

 松田氏が自院を受診した急性頭痛患者を対象に、五苓散と呉茱萸湯を同時投与の効果を評価したところ、投与後10分以内に、来院時の頭痛が半減する患者は101人中85人(84.2%)と、即効性が高いことが分かったという。これは、受診時の痛みを、痛み評価ツールであるNRS(Numeric Rating Scale)を用いて10分の10として、投与後の痛みが10分の5以下となるケースを集計したもの。松田氏は外来で五苓散と呉茱萸湯を同時投与が有効な場合を片頭痛と診断し、外来で待機させて評価した上で、投与に反応するものの効果不十分な場合(頭痛がなくならない場合)は、7分後に追加で両剤を服用させることで、効果を高めている。

 「漢方薬には即効性がないというのは誤解。即効性が期待できる場面は多々あり、片頭痛発作はその一つ」と松田氏。さらに「五苓散と呉茱萸湯の2剤同時投与と効果不十分時の追加投与はトリプタン注射に匹敵する即効性と有効性がある」との手応えを得ている。

 松田氏は、2剤の併用で頭痛の軽減が得られなかった症例では、脳腫瘍や副鼻腔炎などによる二次性頭痛を疑い、さらに精査している。加えて、漢方薬で効果不十分の片頭痛は非常にまれとのことだが、そのような患者にはトリプタンなどを併用している。

五苓散+呉茱萸湯=“呉茱萸五苓散”という新たな漢方製剤!?

大野クリニックの大野修嗣氏は「効果不十分だから漢方薬は効かないと早とちりするのはもったいない」と語る。

 漢方では本来、呉茱萸湯は寒証に、五苓散は熱証に用いる製剤だ。そのため、松田氏は「証が大きく異なる製剤の併用を批判されることもある」と打ち明ける。しかし、日本東洋医学会副会長を務めた漢方医学の大家である大野クリニック(埼玉県比企郡)院長の大野修嗣氏は、「漢方では用量が足りないと判断した際に別の製剤を併用することは多々あること。五苓散と呉茱萸湯を併用することで、新たな漢方製剤として“呉茱萸五苓散”が誕生していると考えればよい」と語り、大野氏自身も頭痛患者にこの2剤をよく併用しているという。大野氏は、頭痛患者に急性期治療だけでなく予防療法として、2剤を3カ月ほど1日3回併用処方し、発作の頻度を減らした上で、その後は頓用で対処している。

 加えて大野氏は、「呉茱萸湯は元々胃の薬。両剤の併用で副作用はほぼなく、頭痛に対する漢方療法の入り口として使いやすい薬」とも解説する。さらに、項の凝りからくる頭痛で、この2剤の併用でも効果が不十分と判断した場合には呉茱萸湯と葛根湯を併用したり、低気圧の襲来などによる気の上衝(突発的な精神的緊張状態)が要因となっている頭痛を落ち着かせるために五苓散と桂枝湯を併用し桂枝加桂湯合四苓湯として顕著な効果を得ている。

 なお、単剤で使用する際の漢方薬の選択の基準としては、手足の冷えや胃弱などを伴う場合は呉茱萸湯を、低気圧により頭痛が悪化する場合は五苓散を用いる。「効果が不十分な際は、改善が乏しい症状から次の選択肢を考えるのが漢方の基本的な考えであり、効果不十分だから漢方薬は効かないと早とちりしてしまうのはもったいない」と大野氏。


現在の漢方製剤の用量は江戸時代の日本人向け
 さらに大野氏は、漢方処方時に証にこだわりすぎるべきではないとの考えも示す。「一番重要なのは患者の訴えであり、その状態。証とは患者の状態を診るための一手段に過ぎず、江戸時代に誕生したもの。漢方の歴史の中では比較的新しい概念。証を診ることでより適切な選択が可能にはなるが、証を診ることにこだわりすぎるよりも、患者の愁訴をきちんと拾い上げることが大事」と強調する。

 漢方製剤の併用については、「そもそも現在の漢方製剤の用量は江戸時代の日本人の平均的な体重を元に決められたもの。そのため、現在の日本人にはそもそも用量が足りない場合がある」と解説する。現在人は江戸時代の日本人に比べて平均身長は10cm以上、平均体重も10kg以上増加しているといわれている。用量自体が足りないことも念頭に漢方製剤を使用すると、効果不十分時の対応策が見えてきそうだ。効果不十分時に異なる2製剤を併用したり、1剤を多めに処方することは「よくある」と大野氏。

 大野氏の教えてを受けて漢方薬を処方するようになった松田氏はプライマリ・ケア医として漢方薬を使う中で、「その効果を最大限に引き出すにはタイミングと用量が大切と気付いた」と言う。加えて「漢方薬を含めた既存の治療薬で十分に発作をコントロールできない患者は非常に少数ながら存在する。そのような患者は新たに登場した抗体医薬の恩恵を受けるだろう」と松田氏。とはいえ、「多くの片頭痛は既存の治療薬をうまく使いこなすことで対応できる。患者の経済的な負担や医療経済の観点からも、このような患者にまで抗体医薬を勧めることは望ましくないはずで、そのような患者を既存薬で治療する工夫も大切」との考えだ。