■ HPVワクチン、僕が現状の定期接種を勧めない事情 | 2021/02/24 |
谷口 恭(太融寺町谷口医院) 9価のワクチンが日本でもついに発売されたこともあり、HPVワクチンに対する需要が高まってきているようだ。先日、市民向けの講演会でワクチンについて話したところ、メインは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンについてだったにもかかわらず、ヒト・パピローマ・ウイルス(HPV)ワクチンに関する質問を複数受けることになった。今回はあまり指摘されないHPVワクチンの「問題」について取り上げたい。 HPVワクチン接種率を上げる確実な方法については過去のコラム( HPVワクチン接種率を確実に上げる方法)で述べた。その「方法」とは、医療者の接種率を上げることだ。そのコラムで述べたように、HPVワクチン接種率が最も高い集団は恐らく女性の産婦人科医だと思う。データを見たことはないが、医師全体でみても接種率は他の集団より高いだろうし、看護師や薬剤師など他の医療スタッフもある程度は高いはずだ。 だが、医療者の間でもまだまだ接種率は高いとは言えないのではないだろうか。だから、まずすべきことは一般市民への啓発活動よりもむしろ、医療者へ普及させることだ。女性医師、女性看護師、女性薬剤師、他の女性の医療者の8割以上、男性の医療者も半数以上が既に接種済となり、それが世間に知れ渡れば、特別な啓発活動をしなくても一般市民の接種率は自ずと上がるに違いない。 HPVにはどう感染するのか ワクチンに関しては、定期接種・任意接種にかかわらず「理解してから接種する」が当院での原則だ。ワクチンに関心のある人から相談を受けたときは、できるだけ客観的な立場から説明を行い、接種するかどうかについては最終的には相談者自身に決めてもらっている。「理解してから接種する」は、言い換えれば「理解した上で接種しない」という選択もOKということだ。 HPVワクチンについては、まず理解してもらわねばならないのは「(子宮頸癌の原因の)HPVは性感染症の一つであり、コンドームにより感染リスクを下げられる(米疾病管理センター[CDC]の関連サイト)」ということだ。このことを定期接種の対象となる中1〜高1の女子生徒およびその保護者に説明する必要がある。 ところで、最近は中学高校でもある程度の性教育が行われている。中には小学校で既にAIDSについて学ぶところもあると聞く。HIV/AIDSを含む性教育を行う際には、必ず「コンドームで防げる」ということも学ぶはずだ。そして避妊のみならず、性感染症予防(HIV以外のものも含めて)にコンドームを使うべきだということは多くの中高生が既に知っている。 後述するように、HPVについてはコンドームをしていても簡単に感染するが、コンドームを適切に装着していた場合、子宮頸癌の原因となるHPV(2価・4価ワクチンでいえばサブタイプ#16と#18)が、男性器を介して子宮頸部に感染する可能性はほとんどないだろう。 そんな中、(子宮頸癌の予防として)HPVのワクチンを勧められたとしたら、女子生徒はどのように感じるだろう。「一方ではコンドームが大切と言っておきながら、もう一方では子宮頸癌を予防するために、コンドームを着用していれば子宮頸部への感染は(ほぼ)防ぐことのできる(#16と#18の)ワクチンを勧めるなんて、矛盾していない?」という意見は理にかなっている。実際、(中高生ではないが)成人女性からこの質問を受けることはしばしばある。 HPVワクチンの相談に来た中高生および保護者に対し、当院では「例えば大学入学までは勉強に専念して、高校時代にボーイフレンドができたとしてもプラトニックな関係でいるのなら子宮頸癌の予防は不要では?」と言うことが多い。そして、この意見に反対した生徒および保護者は過去に1人もいない。もっと極端な例を挙げれば、「仏の道に入ることを決意した女子生徒」がいたとすれば勧める意味はない。 「仏の道」は極端だとしても「高校を卒業するまでは勉強に専念する」「今はパートナーができてもプラトニックな関係を維持する」という女子生徒にワクチンを勧める理由はあるだろうか。「今なら無料ですが、高2になれば有料です」と言われて接種を決める保護者もいるにはいるが、当院の経験でいうと「大学生になってから打ちます」と言われることの方がずっと多い。 もっとも、「高校を卒業するまでは勉強に専念する」という女子生徒にHPVワクチンが勧められる理由もなくはない。例えば、性暴力の被害に遭えば……、という問題はあるかもしれないし、運命的な“出逢い”があって「勉強に専念する」という決心が揺らぐこともあるだろう。当院ではこういった話もするように努めている。 少し複雑なのは「今はパートナーができたらコンドームを使う」というケースだ(実際には女子中高生からここまでダイレクトにこのようなことを言われることほとんどないが)。この場合、コンドームで感染リスクは下げられるがゼロにはならない点、コンドームが破損するリスクの他に、もう一つ重要なことを伝えておかねばならない。「尖圭コンジローマ」のリスクだ。 子宮頸癌の原因のHPVは子宮頸部に感染するわけだから、コンドームなしの膣交渉が最も感染リスクが高く、コンドームによって子宮頸部への感染リスクを減らせられる。しかし、尖圭コンジローマの原因としてのHPVは皮膚から皮膚の感染もあるため、コンドームによる感染リスクの減少は十分ではない。実際、「コンドームをしていたのに尖圭コンジローマに感染した」という事例は枚挙に暇がない。コンドームに覆われていないところに感染し感染させることは当然あり得るからだ。だが、尖圭コンジローマは成人男女にとってもそれほど有名な感染症ではない。まして中高生が詳しく知っていることはほとんどない。これを一から説明して理解を得るのにはそれなりの時間がかかる。性行為の経験のない女子生徒に伝えるにはかなりのスキルが必要だ。 では、日ごろ診ている患者に対してのみならず、公衆衛生学的にHPVワクチンを正しく伝えるためにはどうすればいいのか。ここでは2つの案を提案したい。 1つは定期接種の対象年齢を広げることだ。世界に先駆けてHPVワクチンの定期接種を開始した豪州では2007年の開始当初から対象者が12〜26歳の全ての女性だった。同国では2013年からは12〜13歳の男子も定期接種に加わっている。 HPVワクチンは性行為を開始するまでに終了しておくのが望ましいわけだが、現在の定期接種のように中1から高1に終わらせなければならないルールは非現実的ではないだろうか。もしも僕が厚生労働省の役人なら「年齢にかかわらず性行為があるならできるだけ早くHPVワクチンとHBVワクチンを接種しましょう」と訴え、一定の年齢までは男女とも無料にする(詳述はしないがHPVよりもHBVの方がワクチンの優先順位が高いのは自明だろう)。 もう一つの提案したい案は、(上述した過去のコラムでも述べたが)尖圭コンジローマの予防啓発だ。当院ではこれまでこの疾患に罹患した患者を数百人は診てきており、いかにこの病がつらいものかを実感している。「治らない」と言われてドクターショッピングを繰り返している者、いつ再発するか分からないという恐怖から精神を病んでいる者も少なくない。決して治らない疾患ではないのだが、再発を繰り返している患者が相当な苦痛を抱えているのは事実だ。精神を病むところまではいかなくても、再発を繰り返す患者はほぼ全員が「ワクチンがあるのを知っていたら絶対に打っていた」と言う。なお、豪州では男女とも定期接種に加わったことから、いずれこの疾患が根絶(elimination)すると予測されている(参考サイト)。 ワクチンの説明を行うときには必ず副反応の説明もしなければならない。HPVの場合、厚労省が公表している最新のデータでは4価のHPVワクチン(ガーダシル)の「重篤な副反応」は197件、接種回数が203万9033で、率は0.0097%、つまり1万人に1人となる。 冒頭で述べたように、当院でのワクチンの原則は「理解してから接種する」だ。相談を受けたときには、ベネフィットと同時に、(因果関係がはっきりしないものも含め)1万人に1人の確率で重篤な副反応が起こっていることを説明している。 ちなみに、僕自身は2011年、ガーダシルが発売されたと同時に接種した。 ■訂正(2021/2/25 8:30) ガーダシルの重篤な副反応の率に間違いがありました。編集時の間違いでした。修正してお詫びいたします。 |