■ 蜘蛛の糸2014.7.1


気持ち悪い雲が吐き出す糸。
いとも簡単にビルからビルへ宙を舞うスパイダーマンを支える秘密道具です。
この糸、すごいのです。

手術用の糸、人工靱帯などにも応用可能

 色とりどりに咲き乱れる紫陽花が梅雨に濡(ぬ)れ、その水々しさに命の輝きを感じる。ふと見ると、木の枝の半透明の蜘蛛(くも)の巣の水滴が雨上がりの陽に反射している。

 蜘蛛の命を助けた罪人の男を哀れみ、お釈迦さまが地獄に垂らしたのは“蜘蛛の糸”。その蜘蛛の糸に縋(すが)りついて登ってきた男は気づいた。ふと下を見ると、数限りのない罪人がぶら下がっているのではないか。「この蜘蛛の糸は俺のものだぞ…下りろ。下りろ」と罪人が叫んだその途端、糸は切れ、男は地獄に落ちていった。芥川龍之介の小説である。ただ、心細いクモの糸が実は、鋼鉄より強靱(きょうじん)なことはあまり知られていない。

 我々の身辺の至る所にいる蜘蛛が地球上に現れたのは4億年前。哺乳(ほにゅう)類やあの恐竜が生まれる前のことだ。世界に4万種類。数は動物の中では3番目に多い。

 蜘蛛は体内で糸の原液を作り、外に噴出する瞬間に糸となり、網を作る。網は円網、網棚、不規則網など様々(さまざま)である。中には空中に美しい精巧な網を投げたり、昆虫を錯覚させ捕らえたり、また糸を命綱にして空を飛ぶかと思えば、薄暗い地下に潜むものもいる。蜘蛛の忍者の様な能力は、摩天楼のビルとビルの間を糸を巡らせ自由自在に飛び回る映画「スパイダーマン」の主人公の姿である。

 素晴らしいのは、蜘蛛が吐き出す“蜘蛛の糸”だ。地球上で最も強靭な物質、大きな力に耐える糸で、フイブロンと呼ぶタンパク質からなる。糸は軽量でしっかりと絡みあい、耐熱性にも優れ、300度超の熱に耐える。糸の太さは数マイクロ(1マイクロは1000分の1ミリ)で、粘着性のある横糸と非粘着性の縦糸が交差した様々な網は幾何学的で美しい。

 獲物が逃げないように網は超粘性で、獲物が網にかかる衝撃を吸収するため超弾性で、ナイロンの3.5倍も強靭。伸縮性は1.4倍で、ナイロンの2倍である。

 自然の中で生物が進化させた驚くべき能力が分子レベルで解明され、生物工学技術の進歩はクモの糸と同じ構造と強さを持つ人工繊維を量産でき、今後はフィルム、スポンジ、パウダーから人工血管、手術用の糸、人工靱帯(じんたい)などにも応用可能だ。自然の知恵と仕組みは我々の想像を超えて精巧で強靭であることに驚く。
(渡辺佐知郎・岐阜県総合医療センター名誉院長)


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